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Baha’i Election Its Sacred Nature
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Universal House of Justice : 10 Jun 1966 Messages to the Youth of the World
万国正義院からユースに宛てられたメッセージ
万国正義院
1966年6月10日
あらゆる国のバハイユースへ
バハイの友らよ

あらゆる国で、バハイユースの業績により、9年計画の仕事がますますと達成されています。また、同胞の信者たちの崇敬の的となっています。バハイの時代の初めから、若者は、神の啓示を広めることに極めて重要な役割を果たしてきました。バブご自身も使命を宣言した時はほんの二十五才で、『生ける文字』の大部分はハブよりも若かったほどです。師は非常に若い頃、イラクとトルコにてバハオラヘの奉仕という重大な責任を負わなればなりませんでした。そして彼の弟、『最も清き枝』は、神の僕(しもべ)らが『活気づけられ、池上の全人類が統合されるように』22才 の若さで、『最も苛酷なる牢獄』で自らの生命を神に捧げました。ショーギ・エフェンディは守護者としての玉座に呼びだされたどきはオックスフォード大学の 学生でした。また、十年計画で不滅の名声を勝ち得た『バハオラの騎士』の太勢は若者でした。ですから、神の大業のための貴重な奉仕をなすために、若者は成熟するまで待たなければならないと思ってはなりません。

バハイであろうとかなろうと、青年時代というものは、人が人生の進路を決定付ける多くの決意をする時期であります。この時期に、青年は生涯の職業を選び、学業を終え、生計を立て始め、結婚し、家族を養い始める可能性が非常に高いです。最も重要なのは、青年期において、人は探究心に最もあふれ、将来の行動のガイダンスとなる価値観を受け入れる時であるということです。これらの要因が、バハイユースに、最大の機会と最大の挑戦そして最大の試練を提供するのです。それは、『信教』の教えを真に理解する機会であり、同輩たちに教えを与える機会であり、この世の圧力を克服し、この世代と来たるべき世代のリーダシップを提供する挑戦であり、バハイの書に示された高遠な道徳基準を生活で具現するのを可能たらしめる試練なのです。まことに、守護者が書かれているとおり、「バハイ共同体の生活の精悍さと純潔性と推進力に決定的な貢献ができる」のは、バハイユースたちなのであります。また、「共同体の運命の行方、神が共同体に付与された潜在能力を完全に明かすことが出来る」のも、バハイユースたちなのであります。

現在10代、20代である若者たちは、特別な挑戦に直面すると同時に、人類の歴史上特異なる機会をつかみとることができるのです。十年聖戦の間、敬慕する守護者がいきいきと描写なさった、その壮大なる過程の第9段階では、『最大名』の共同体は閃光のごとく地上の主要な属領や島々の間に広まっていき、その人力と資源を何倍にも増やし、神の大業への集団加入を目撃し、バハオラの行政秩序の構造を完成させました。大業は世界中に確立され、この同じ過程の第10段階の最初の時期には、大業の初期からほとんどの間それを包んでいた無名の状態から出てきたのであります。そして、腐敗した社会の廃れきった概念に挑むべき立ち上がり、秩序なき人類を苦悶させる問題への解決策を宣言しているのであります。現在若者である人たちが生きている間に、世界の状態は変わり、世界における大業の占める位置も変わるでしょう。なぜならば、この過渡期においてわたしたちは、非常に重要な時期に入りつつあるからです。

バハイの若者には3つの大きな奉仕の分野があります。これらの奉仕を通して、彼らは人類社会の人格を変え、同時に、将来の仕事のための準備をすることになるのです。

最初は、他の全ての活動の基盤でありますが、それは教えの学習、生活の精神化、バハオラの基準に応じた人格の形成であります。何世紀もの歴史を有する東洋文明であれ、もっと最近のキリスト教やイスラム教の文化であれ、あるいは、急速に変化している部族社会であれ――われわれの周りの人々の道徳基準が廃れるにつれ、バハイたちは廉直性と寛容の柱としてますます目立たなくてはなりません。バハイの人生は真実性と礼儀正しさで特徴づけられなくてはなりません。

奉 仕の第二の分野は、第一の分野と密接な繋がりがあるが、特に仲間のユースたち、世界中でもっとも開かれて探求している志をもっている人々に信教を教えるこ とです。ユースは、まだ家族に対して全責任を負っていなかったり、家や仕事や長年築いているものをもってないので、住むところと勉強あるいは仕事する場所 を選びやすい状況にあります。世界では、たくさんの若い人々が、娯楽、教育、経験を求めてあちらこちらに旅をしています。バハイのユースは、今日の神の言 葉の比類なき宝を持っているので、人類への奉仕にこの確固不動さを生かすことができ、どうしたら一番信教に対して奉仕ができるかということを考慮した心の 目標をもって、彼らの居住地、旅行する地域、仕事の職種を選ぶことができる。

第3 の分野は、ユースの後半時期に彼らによって準備することです。バハイにとって、子供たちを教育することは義務であり、同様に子供たちにとって芸術や科学に ついての知識を習得すること、生計を立て家族を養うための商業、または技能を学ぶことが義務付けられています。これは、バハイのユースにとって、これ自体 が神への奉仕であり、さらに信教を教えることと、しばしば新境地を開くことと組み合わせれた奉仕でもあります。バハイの共同体は、たくさんの技術と資質を もった男女が必要となり、そしてまた、社会生活において活動の範囲が広がるにつれ、共同体は増大し、多様化していきます。それゆえに、バハイユースに、農 夫、教職、医者、工芸家、または彼らに開かれた様々ななんであれ、彼らに備わっている能力を人類への奉仕と神の大業のために使い開発することの最善策につ いて熟考させるように。

学 校や大学での勉学の間,バハイの若者らは,ある学科について,教師よりも深い見識を持ち合わせているという,変わった,少し気まずい境遇に出くわすかもし れません。バハオラの教えは,人間の生活や知識において,非常に多くの面に光明を投じていますので,バハイはとしては.....与えられた情報を盲目的に 受け入れるのではなく,それについてまず,よく考える習慣を学ばなくてはなりません。バハイは,この時代の神の啓示を知るという有利な点があります。そし てそれは,現代思想家を悩ませている非常に多くの問題に,サーチライト[探照灯]の如く光を投げかけているのです。したがってバハイは,正しい謙虚な態度 を教師らに示しつつも,聞いたことを常にバハイの教えに関連させながら,回りの人々からあらゆることを学ぶ能力を養わねばなりません。なぜなら,バハイの 教えは,人間的な誤りという粕(かす)から,金を選り分けることを可能にしてくれるからです。

バハイのユースは祈り、瞑想、奉仕、布教についての勉強を通じて内面的な成長をすること平行して、バハオラの世界秩序の機能について実践して学ぶ機会があります。彼らは、19日ごとのフィーストと同様、会議やサマースクールで役割を担うことや委員会での奉仕を通じて、バハイの協議、人類の新しい道というすばらしい技術を磨くことができます。

「協議」というものは、すべての自己中心的な気ままな情欲を鎮圧し、礼儀正しく、偏見のない心と同様、率直さと発想の自由さ、多数決の決定に誠意をもって従順であるということが深められます。この分野において、バハイユースは、能力、精神力、真の協議に よってもたらされる和合へ近づくことを証明し、対照的に、現代社会を特徴づける派閥主義、ロビー活動(裏工作)、秘密裏の駆け引き、一方的な行動の無益さ を証明するかもしれません。またユースは、バハイ共同体を総括することに貢献し、老人、中年、若者、子供が十分に統合され、有機的な全体を構成している社 会を促進する存在であります。彼らは、現代社会を複雑にし混乱させている世代間の反目や不信を繰り返すことを拒否し、癒し、命を与えるという宗教の本質を 再度証明するのです。

9 年計画は,丁度3年目を迎えたところです。ユースはその目標を達成するという重要な役目をすでに果たしました。私たちは今、大きな愛と、もっとも高い希望 と私たちの熱烈な祈りの確証をもって、彼らが住んでいるところがどこでも、またどんな環境にあろうとも、聖なるメッセージの知識の中で彼らが自分自身を深 める歩みについて、個人個人で、そして協議をもって考えること、師の手本にそって彼らの個性を磨くこと、神と人々へ一番奉仕できる技術や商売や職業を身に付けること、バハオラの大業への奉仕を強化すること、そして彼らの同じ世代の中の探求者にそのメッセージを放つことを呼びかけます。

万国正義院 1968年6月10日
万国正義院
1968年 10月9日
すべての土地のバハイの若者へ
親愛なるバハイの友らへ

バハイ世界のユースに呼びかけてから2 年間のうちに、信教の運命に顕著な進展がありました。これらのもっとも最たるものはバハオラの旗のもとかれの大業に身を捧げたいと熱望する若い男女の増え つづける軍への群れをなす入隊です。若者の熱心さ、意気込み、確固不抜さ、献身さは、私たちの心に大きな喜びと確信をもらしてくれました。8月の最終日と 9月の最初の日々の間、バハオラのこの聖なる岸辺への到着100周年を記念するために、世界中から集まった2千人近い信者が集まったときに、私たちははじ めて、ボランティアで手伝ってくれた若者たちに、よい性格、無欲の奉仕、専心の努力という資質が例示されているのを観察できる機会を得て、私たちは彼らの 愛情あふれる援助とかれらの見本に対して感謝の気持ちを表現したいと願っています。多くのユースはパイオニアの申し出をしましたが、ひとつのやっかいな疑問が何度も出てきました。つまり、

教育を受け続けるべきか、それとも今パイオニアとして行くべきか、という疑問です。疑いなく、この質問は、人生を信教の進歩のために捧げたいと望むあらゆる若いバハイの心のうちにあるものです。全ての状況に当てはまる、決 まった答えはありません。最愛なる守護者は、この質問について、いろいろな答えを各個人にお与えになりました。明らかに、事情はそれぞれの場合に応じて異 なるものです。各々の個人が大業のためにいかにして最善に奉仕できるかを決めねばなりません。この決心をするにあたって、次のような要因についてよく考え てみると参考になるでしょう。

バハイになるにあたって、人の人生全体は、神の大業の進歩のために捧げられるものであり、またそうしなければならないのです。人の持つあらゆる才能や能力は、究極的には、この最優先さるべき人生の目的に委ねられるのです。この枠内で、教育を今続けることによって後により有能なパイオニアになることができるか、それとも、テイーチングの可能性のあるうちに、パイオニアの差し迫った必要性が教育    への期待に勝るかどうかを、他の要因も踏まえて考慮せねばなりません。パイオニアとしての申し出を促す精神はしばしば学業の達成よりも重要でありますから、これは容易な決心ではありません。

兵役の義務は、パイオニアの申し出をするタイミングを決める要因であるかもしれません。
人は、扶養のために自分に依存する者らを含む、他の人々に対する今後の義務があるかもしれません。

パ イオニアの計画を、引き続いての教育のプログラムと結合させるのが可能かもしれません。又、パイオニアの経験は、正式の教育のプログラムを一時中断したと しても、長い目で見ればより成熟した見解で勉学を後に再開できるという点で有益であるかもしれないという可能性も考えられるでしょう。

他からの申し出がないけれども自分が特にそれに貢献出来る資格がある、特定な目標の差し迫った必要性も又考慮すべき要因のひとつです。

パイオニアの必要性は、疑いなく、将来何世代にも渡って私達とともにあるという事実、したがって、将来、パイオニアの奉仕は大いに要求されるであろうということも考慮すべきです。

協議の原則も又当てはまります。両親、地方そして全国行政会、又、パイオニア委員会といった人々と協議する義務があるでしょう。

最後に、犠牲的奉仕の原則と、バハオラの大業に奉仕するために立ち上がる者らにバハオラがお定めになった、裏切ることのできない約東を心に留めて、自分の行動の進路をどうすべきかについて祈り、瞑想すべきです。実際、答えはその他の方法では見つからないことがしばしばあるものです。

若者達が、バハオラへの奉仕の道を歩むにつれて下さねばならない多くの重要な決断について、私達が忘れずにいるということを確信しなさい。全ての者が神の力によって導かれ、若者達が御慈悲に溢れる御方の祝福を引きつけるように、私達は、神聖なる敷居において、心からの願いを捧げます。

最も深いバハイの愛を込めて
万国正義院
万国正義院
1983年7月4日

インズブルックの大会に集まった欧州のバハイユースの代表者たちに、わたしたちは高い希望を持って挨拶を送ります。こ の世代のバハイ若者には、特異な点があります。あなた方は、歴史の力がその最高潮へと向かい、人類が小平和の確立を見る時期に生きるのであり、その間に、 神の大業は、人間社会の再建設においてますます著しい役割を果たすことでしょう。来たるべき年月、今はまだ想像することもできないような状況と展開に直面 し、大業の指揮をとるように要求されるのは、あなた方なのです.....

.....今こそ、その大陸におけるあらゆる国 家、階級、そして信条における若い人々の心に火をつけ、その活発な支持を得る機会であるのです。この努力における成功への鍵は、まず、あなた方が、大業の 教えを、個人や社会の問題に当てはめ、あなた方の友人らが理解し喜んで聞けるような方法で説明することができるように、大業の教えについて理解を深めるこ とです。第二に、あらゆる点において、教えに示されている正直や信頼性、勇気や忠実、忍耐強さや純潔そして精神性といった高い標準を手本にして振舞うよう に努めることです。そして、何よりも、バハオラの全てを支配する力がここにあることを常に意識しながら生きることです。そうすれば、あなたがあらゆる誘惑 を克服し、あらゆる障害を乗り越えるのを可能にしてくれるでしょう。

万国正義院
万国正義院
1983年12月13日
選ばれた全国精神行政会へ

万国正議院は、バハイ世界全体のパイオニアにおける若者の奉仕について、協議をし、バハイユースが無償の派閥でない組織とともに、乗り出した他の土地での奉仕につての見解を示唆することを要求してきました。

過 去において、いくつかの全国精神行政会によって摘要された政策は、若いバハイがバハイでない奉仕グループによって提供された活動で奉仕するために登録する ことを水をさしていました、というのも行政会は、これらの若い人々は直接的なティーチングに結びつけることができず、そのようなプログラムの中で海外で奉 仕する間、大部分、バハイの活動に参加できないという印象をもっていました。おそらく、バハイが含まれるいくつかの例では、バハイ共同体の一員として、彼 らの人生のそれぞれの側面にそれ相応のものが与えられるために、どのように機能するのかはっきりわかっていませんでした。

しかしながら、経験の光によって、私たちは若いバハイたちに以下のようなボランティア組織のプログラムに登録することを奨励することになんの懸念もないことがはっきりしました。それは、国連ボランティア、合衆国ピースコープ、CUSO (カナダ大学海外奉仕)や類似のカナダの機関、イギリスのBTP(英国ボランティアプログラム)やほかのボランティア組織などです。ギリシャ、オランダ、 スカンジナビアの島々でも現在試験的に描かれているものがバハイの開発のゴールと一致しているいくつかの同じような組織があると思われます。

こ のような奉仕の信教へのいくつかの利点は、言及する価値があります。ボランティアは、詳細なオリエンテーションや時には開発途上国でバハイ共同体の着手さ れるプロジェクトを助けることができる基本的な技術を学ぶでしょう。どこで彼らが奉仕をしようとも、これらのボランティアはバハイの活動に参加できるべき で、バハイ共同体の強化に貢献でます。布教の自由はグループのリーダーによる地域の通訳に依存するところが大きいのですが、しかし、ボランティアが直接的 な布教と結びつかない場合でも、バハイとして知られること、仕事や奉仕に対するバハイの精神や行動を示すことで、好ましい注意を喚起し、また多くの場合、 バハオラの教えに個人を惹きつける道具となることもあるでしょう。そして、最終的に海外での奉仕の期間は、このような奉仕の醍醐味を感じ、ボランティアは同じくにもしくは他の途上国でのパイオニアの仕事を直接的に促進する十分な機会になることもあります。

すでに、少なからぬ数のバハイのメンバーがこれらの機関とともに奉仕するために海外へでかけ、ボランティア組織で海外で奉仕中に他の人たちが信教を支持するようになったことは、よく知られています・・・

パ イオニアのオリエンテーションコースを開催した全国精神行政会は、そのプログラムの中に田舎の開発という項目を含み、過去同様、ボランティア組織で奉仕を した人々をオリエンテーションの計画の参加へ招待し、途上国での奉仕の仕事についての経験を彼ら一緒に分かち合うという、恩恵に浴することができるかもし れません。

万国正議院は、この手紙の情報でバハイユースがバハイでない組織提供のプロジェクトに参加するという過去の疑問についての誤解を払拭するということに期待しております。

万国正義院書記局
万国正義院
1984年1月3日
世界中のバハイユースへ
親愛なるバハイの友らへ

国連によって1985年 が国際ユースの年と指定されたことは、共同体の若いメンバーが関わっている活動に、新しい展望を開きました。国連が、このように若者に焦点をあてた希望 は、国際的な開発や企画や関係に若者が含まれることを通して戦争のない世界への彼らの熱望を認識させるのを助けるような、世界の行事への意識的な参加を励 ますことです。

なんと適切で、なんと興奮することでしょうか、あなた方、祝福された美の熱烈な信者、の前に、このような驚くべき機会がもたらされ、あなたが、入念に打ち込んで自分自身を際立たせるような活動の舞台において、あなたの努力の範囲が引き伸ばされるような機会があるとは!

国連によって提唱されているテーマである「参加すること、開発すること、平和」の中に、

あなたがバハイとして到達する目標がこの絶望する現代の熱心な探求という対象であるという確信になるでしょう。

あなた方はすでにほかの活動のフレームワークを準備する7年計画を推進しておられるので、あなたは今それを摘要さす新しい機会に動かされるでしょう。国際ユースの年は、

プランの次の言葉に表現されています。このようにあなた方が着手する活動や、今からでさえ準備をするものでも、若者の年を推進するのと同じように、この計画への活力を増すあなたの貢献を高めています。だから、あなたの対応の勢いに、なんの遅れもないように。

7年計画の期間のハイライトは、イランでの弱まらない迫害に引き続く、信教に一致した

驚異的な宣布です。教えに対する新しい興味が幅広く起こっています。同時にすべての社会層から、自分の本当のアイデンティティー、いいかえれば、あからさまには認めないけれど、自分の人生の精神的な意味、を必死で探している人々がますます増えてきました、

そ してこれらの探求者の中で顕著なのは、若者たちです。この知識は、バハイ主導のための実りある道を開くだけではなく、若いバハイに大業を教えることに特別 な責任があること、また、彼らの仲間の精神的な渇望を満たすであろう美徳に鮮明な表現を与えるような人生を生きることを示唆しています。

このような美徳を保つために、過去において、たくさんの無垢の血が流されました。
そして今日においても、イランにおいて老いた人も若い人による、たくさんの血が

犠牲にあって流されています。例えば、去年の夏のシラーズの6人の若い女性の事件を考えてみてください。彼女たちは、18歳から25歳までの年齢で、彼女たちの生涯は絞首刑執行人の輪なわによって弾圧されました。彼女らにかけられた容疑というのは、改宗を拒んだこと、つまり彼女らは自分たちの「愛すべきもの」を否定するのを拒んだのでした。

また、子供たちや若者たちによって何度も何度も示される驚愕に値する不屈の精神の話を

見てください、彼らは自分たちの信条を支持していることで、教師や聖職者によって尋問、虐待を受け、学校から追放されました。さらに、彼らの共同体にこんなに残酷にも押し付けられた拘束の下で、若者たちは、国中のバハイ組織が自由につかえる信号サービスに全

エベルギーを尽くしましたことは記すに耐えないことです。どのような立派な講演でも、

こ れらの無欲で純粋な行動や献身よりも、彼らの精神的な傾倒と忠実さを証言するのに適したものはありません。事実上、バハイの要求される信仰の代償がこのよ うに大きいところは、地球上の他にないでしょう。またイランの逞しいバハイの若者よりもより意思があるもの、犠牲の杯の輝ける所有者を見つけることができ ないでしょう。このことは、あなた方、イランの友たちの勇気によるこのような鼓舞する見本を目撃する尋常でない時期に生きていて、その反対に行動の自由さ を行使することができるユースに、バハイの行動範囲に“風のごとくとらわれず”さっそうと勇み出ることが十分期待されることはないのでしょうか。

あなたがた全員が、いや増す熱望だけを持って信教を伝えること、より素直な心のみを持って聖典を勉強することに、個人個人の努力をすることを屈せずにやり通せますように。

あなたが、大業を担う活動に可能な限りの自由時間を費やしながら、将来の人類の奉仕になる学業と訓練を遂行できますように。すでに生涯の仕事に専念し、家族を持った人は、

家 族の精神的な糧において、また国内外の奮闘しているパイオニア地域に積極的にカか和英をかかわりをもつことにおいて、バハイの理想を生活の中で体現するこ とに励めますように。すべての人が、近い将来の課題について身を捧げる活発な裁量を表明することによって、信教における目下の需要に応えることができます ように。

こ れらの抱負をさらに進めると、布教活動の大きな動きに必要なのは、バハイのユースによって尽くされる奉仕のパターンに反映される規則正しさです。若者のも つあちらこちらに動きたいという素直な衝動は、あふれ出る熱意と組み合わさって、布教旅行者としてもっと計画的に、より多くのこれらの活動に参加するよう になるという兆しであります。

動きの一つの典型は、国内外で実行される、信教を伝え人々の生活状況を改善する改ざんするための短い期間のプロジェクトでもあるでしょう。また、若くて家族の責任がまだない人にとっては、ある一定期間、例えば1年か2年 の間、国内外の布教や開発分野においてバハイの奉仕活動への参加に興味をもたれる方もおられるでしょう。もしこのようなパターンが引き続く若者世代によっ て受け継がれたら、これは共同体の力と安定を発することになるでしょう。しかしながら、どのような奉仕の形態にもかかわらず、若者は常に、すべての場所 で、どのような状況下でも十分に奉仕にかかわっているということを理解しなくてはいけません。あなたの多様な追求の中で、あなたはどのようなレベルでもバ ハイ機構の愛情深い援助と導きを確信していくことでしょう。

あなたの成功する能力に、私たちの熱烈な祈りと、揺ぎない確信を、祝福された完全性への奉仕の道におけるあなたのすべての努力において、あなたを囲む不朽の愛を送ります。

万国正義院
万国正義院
1985年5月8日
世界中のバハイユースへ
親愛なるバハイの友よ

我々は愛のこもった敬意を表すと共に、国際ユース年に開かれる若者の大会でお会いできるであろう皆様のご多幸をお祈り申し上げます。この特別な年に向けての挑戦に対し、世界各国の若者たちは熱意をもやし臨機の才を持って待ち望んでいます。そして我々は大きな喜びと高い希望に深く心を動かされております。

我 々は、この期間中にすでに全国又は地方レベルでバハイの活動に取り組んでいる若者たちや、仲間らと協力しながら活動を行っている他の国々の若者たちを心よ り称賛いたします。そして若者たちが精神価値と有能な能力を得るために固い意志を持って努力するように願っております。もし若者たちがそれを実行すれば、 彼らの熱心な意欲そのものが世界の発展に好影響を及ぼし、実り多い進歩的かつ平和な将来が導かれるでありましょう。

今年若者たちによって繰り広げられる活動が、1986年の国際平和の年に向けてふさわしい前触れであり、前進をたどる著しく特徴あるものであることを願っております。

信 教がまだ世に知られていない時代から信教が広まることにより、共同体の責任が急速に増加しています。今現在信教に必要なものは、若者たちが信奉する新しい 神の啓示の一変させる能力を大いに又確実に反映させるという避けられない義務を若者に課することであります。さもなければどういったバハオラの主張の実例 が認識されるのでありましょうか。若者はどの社会においても、最もエネルギーにあふれ、最も素直で、有望ある要素であります。しかし、その若者たちがバハ オラの治癒のメッセージに注意を向けようとしなければ、疑い深い人間らにどのように受け入れられるのでしょうか。

暗 黒の地平線が約束された人物、救世主の源泉を否認した世界に直面しており、若者の見解に深刻な悪影響を及ぼしています。彼らは哀れなほどに希望を失い、無 益である自暴自棄の悪癖にふけり、危険な解決策に頼るが、神の知識と聡明な洞察力を賦与されたバハイの若者に改善策を率直に求めています。バハイの若者は 躊躇することなく、絶望した仲間らに復興の喜びと築き上げられる希望、そしてバハオラの驚くべき啓示の燦然たる確信を伝えなければなりません。

言 葉、行動、態度、偏見を持たないこと、高潔な人格、一言でいえば他人に対して奉仕を捧げる崇高な精神、これらはバハイの本質である特性と行動であります。 そしてこれらの本質はバハイの精神生活と外面的行動、そして友人あるいは敵対者との相互関係を確実に特徴づけています。

凡 庸な低い見解を捨て、若者たちは熱望しているすべての事柄に卓越しなければなりません。若者たちは学校の教室であろうと、大学の集会場であろうと、職場で あろうと、休養又は娯楽中であろうと、バハイの活動や社会の奉仕中であろうと、向かう先々の環境を向上させるよう決意することを願っております。

実 に、若者たちが前途に控えている挑戦を自信を持って受け入れられるようにさせよ。粘り強さと、愛の奴隷である態度を持って卓越さとそれに対応する謙虚な気 持ちを吹き込み、今日の若者たちはこれからの人類の発展に必要不可欠である職業、専門職、芸術、技術において最善の地位に進展するよう努力しなければなり ません。これを確実なものにするために大業の精神は、人類が全力を尽くすすべての重要な分野に啓発を投げかけることでしょう。さらに若者たちは情報化時代 の概念の統一化と著しい技術進歩を熟達させることを目的としながらも、実際に過去のすばらしい、重要な業績を保存する技術を将来に伝達していくことを保証 しなければなりません。社会が機能していく上で起こる変化は、若者が将来受け継ぐ世界のためにどれだけ有効的に準備を整えることができるかということに大 きく依存しています。

我々はこれらの見解をあなた方各位の瞑想と将来の協議に委ねます。
そして我々は祈りを込めた敬意、保護と信頼の確証を捧げます。
万国正義院
万国正義院
1992年10月28日
書記局
親愛なるバハイの友よ

万国正義院は1992 年9月15日付の手紙であなたが気にかけておられる事柄について熟考いたしました。手紙の内容は、特にユースイヤーオブサービスに関するもので、若者への 訴え方、そして若者にバハイ活動に参加させる方法についてのものでした。我々は以下を伝えるよう指示を受けました。

万 国正義院は、若者らにユースイヤーオブサービスの活動に従事するようにと過度なプレーッシャーを与えるべきではないというあなたの考えに同感であります。 またバハイの布教、あるいは奉仕のために学業を断念するという考え方は信仰の目的とは全く一致しません。あなたが提起された様々な点と要因は関連してお り、若者らと彼らの親、そしてもちろんバハイ行政機構のメンバーはこれらについて理解する必要があります。例えば、若者、成人に関わらず、すべてのバハイ には共通する精神的義務と責任があります。義務の一つに、バハオラが個人に指示された信教の布教いうものがあります。バハオラはその義務を「すべての行動 の称賛に値する」と述べられ、また、私たちに布教を行う時は「風のごとく自由奔放である」ことを力説されました。たとえそう述べられていても、若者はバハ オラが教育と技術の習得を指示されたことを深く認識し、これらの目的を達成することは神への奉仕であることを重視するべきであります。

特定の事柄は、若者らと彼らの親、バハイ行政機構各々の責任に関連しており、若者らと彼らの親、バハイ行政機構によって対処されるべきです。

例えば、

•         若者は神への精神的義務と責任を守るという義務があると同時に、専門的職業又は技術的職業を得るために学問を終了するという義務もあります。

•         親 は子供が教育を受けられることを保証する義務があります。それに加えて可能であれば、学業や職業訓練の期間中に必要な用具を提供しなければなりません。ま た親としての義務である精神的指導と経験に基づいたふさわしい指導を持続して行い、バハイの子供らと共有する精神的義務の指導も行わなければなりません。

バ ハイ行政機構は共同体の業務を管理し、関心事を保護するだけではなく、バハイの友らが精神的義務と責任を果たすよう励まし、また熱心に勧めなければなりま せん。またバハイ行政機構は、神の大業を広めるよう、そしてそれを行うために犠牲を払うよう友らを励まさなければなりません。それに加え、バハオらによっ て課せられた人類の精神的、学問的教育を促進するという明確な義務もあります。

こ れらの義務や責任は根本的なものであり、若者や成人やバハイ行政機構は、これらの義務や責任を分担し、各々の役割と責任に従って行動するべきです。各個人 にはそれぞれの活動範囲があり、各自は独自の判断を下し、独立した行動を行います。若者はどの専門分野を学ぶかを決め、学業、職業と精神的義務とのバラン スを保たなければなりません。親は若者が目標に達成できるよう物質的援助と精神的指導を行わなければなりません。そして精神的義務を守るよう励まさなけれ ばなりません。バハイ行政機構は神の大業を促進し、個人の信者が布教と信教の強化のために奉仕を行うよう努めなければなりません。その時に十分認識してお かなければいけないことは、もしこのような行動を怠った場合、人類の平和と将来の文明発展の望みはないということです。それゆえに行政機構は、友らが必ず 奉仕に従事するよう勧め、この時代が危機にさらされた時代であることを注意として促し、総括して信教と人類の繁栄を達成させるために個人による行動のきわ めて重要さを指摘しなければなりません。

こ れらの事柄をまとめたものが、若者が熱意と理想主義の特質を持って大業の発展のために果たす特別な役割の要因です。若者の貢献は信教の初期の頃から疑う余 地のないものであり、信教の最大の勝利に必要不可欠なものです。簡略されたバハイ歴史概念から若者の勇ましい行動の実例が伺えます。今日のバハイの若者が 同様に行動するわけにはいきませんが、成人としての責任を負う前に、このような英雄的行為に激励を受け各自の役割を果たすべきです。

し かし、場合によっては、若者はバハイの奉仕活動の呼びかけに応じたいと願っても重要な大学の課程途中で、学業を後回しにできないこともあります。また親の 扶養下にいる若者の中にはイヤーオブサービスに従事するために休学することも、後に学業に戻ることも親が物質的援助を十分工面できないがために断念せざる をえない場合もあります。また他にも若者の奉仕活動の妨げとなるものがあります。そして学業をある期間延期させた場合、その期間中に若者が信教を広めたり 社会へ布教活動を行うなど有益な貢献をした場合、若者は将来の的確な計画を決めることができます。同じような例がユースイヤーオブサービスに従事した若者 の間でよく聞かれます。彼らは信教の布教や、企画発展のために貴重な貢献をするだけでなく、一生の仕事についても決心をすることができます。若者の中には まず学業を終了し、その後大業に特別な奉仕を捧げることを望む者もいます。この場合も前例と同様に全く順調に事が進むものであります。

あ なたの手紙の中で取り上げられた重要な点は、判断と行動の調和の重要性です。バハイ行政機構のメンバーは友人、大人、若者に大業の奉仕を力説し、激励する という重要な義務を避けるわけにはいきません。特に布教の分野になると必然的に熱心になります。もちろん個人個人のアプローチは異なり、時には話し方が無 思慮なこともあります。その場合は、このアプローチは遺憾に思われる行動であリ、直ちに対処されるべきです。しかしこの場に居合わせた人は、動揺をきたさ れたかもしれませんが、バハイの一個人としての義務があり、奉仕に関しての理解とその時の特定の努力目標、そして状況に応じた判断を下し、それに従って解 決していかなければなりません。

重 要なことは、親は若者が分別のない決断をしないように助力し、彼らの精神的権威を働かすことです。また親はバハイとして、若者への信教の精神的影響力の重 要さについて正当に考察することです。そして若者が心と魂の鼓舞に応じるようある程度の自由が必要であることを認識しなければなりません。彼らが15歳になると、真剣に精神的義務と責任を持ち、彼ら自身の魂の進歩目的のために神に対して最高の責任を負わなければなりません。分別を持って考える能力は若者個人によって、また、年 齢によって違ってきます。この能力を他の若者より、早く身につける若者もいれば、遅れて身に付ける者もいます。一般的に親はこれらの事柄を他の誰より正確 に認識する立場にあります。家庭内で若者を指導しようとする時、親は自分の子供の精神的責任感と衝突しないよう努力しなければなりません。

万国正義院は若者らが計画と行動の適切な調和を確保できるよう指導する目的で数多くの手紙を書いてきました。その中の一つに1996年6月10日にあらゆる世界のバハイの若者あてに送られた手紙がありあます。あなた方が特別な関心をもたれるかもしれないことを考慮に入れ手紙をここに同封いたします。

かつてない問題と、困難に包まれた世界で、親として子育てという大変な務めに挑まれているあなた方へ深い共感を抱くと共に、万国正義院はあなた方を代表して、神聖なる敷居にて熱心な祈りを捧げることを保証いたします。

バハイの愛をこめて
万国正義院書記局
cc. 国際布教センター
訳注:ハブの最初の十八人の弟子達。
訳注:アブドル・バハ。
訳注:ミルザ・ミフディ。
訳注:礼拝堂とその回りの付属施設を含む機構。

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