あ らゆる聖典、否、神によって記されたあらゆる聖句の啓示の根底にある目的はこれである。つまり、ゆるぎない平和と平安が世に確立されるよう、人々に正義と 理解力を付与することである。人々の心に確信を与え、人間の地位を高揚し、その満足を促進させるものはすべて、神の御心にかなうものである。人はもし、人 間に与えられた高貴な運命を遂行することを選ぶならば、何と崇高な地位に達することができようか。そしてまた、人は何という堕落の深淵の底にまで沈み得る 存在なのであろうか。最も下劣な創造物さえもそれほどまでに落ちることはない。おお、友等よ。この日、汝等に与えられた機会を把えよ。豊富に湧き為こる彼 の恩寵を自ら逸することのないようにせよ。この祝福された日において、神の恩寵により、汝等の一人一人が純粋で聖なる行為の装飾で身を飾ることができるよ う、我は神に嘆願する。まことに、神は欲するままに成し給う。(101)
(102) CIIお お、人々よ。我が汝等に告げるこの真理に耳を傾けよ。神の栄光に賛美あれ。唯一真実の神は、人間の心を他に許さない御自身の占有物とみなし給う。このこと は過去にも、未来にも不変である。それ以外のものは、それが海のものであれ、陸のものであれ、また、富であれ、栄誉であれ、神はそれらをすべて地上の王や 支配者達に譲り渡し給うたのである。「神は欲するままに成し給う」の言葉を宣言する旗じるしは、初めなき始まりより、神の顕示者の前に、燦然(さんぜん) たる光輝をもって翻っている。人類が今日必要とするものは、為政者への服従と、英知の綱に忠実にすがることである。人類の当面の保護、保障、安全を確保す るに必要な手段は、人間社会の統治者に委ねられ、彼等の手中にある。これこそ、神の望み給うことであり、神の命じ給うことである……。地上の王建の一人 が、神のために立ち上がり、弾圧にあえぐこの虐げられし人々の勝利のために奮起することを我は切望する、かような国王は永遠に賛美され、称えられよう。神 はこの虐げられし人々に対し次のような義務を定め給うた。つまり、彼等を援助する者に対し、彼等はその者を助け、その最善の利益の達成に務め、常に変わら ぬ忠誠を示さなければならない。我に従う人々は、我が大業の勝利のために立ち上がる者に対し、その者の福利を増進することにいかなる場合においても努力 し、常に献身と忠節の証しを立てなければならない。我が忠言に耳を傾け、それを守る者は幸いなり。我が望みを果たすのを怠る者は不幸なり。(102)
(103) CIII神は真理を語る御自分の舌を通して、次の様な言葉をそのあらゆる書簡の中で証言し給うた。「我は栄光のアブハの王国に住む者である、」と。
神の正義にかけて誓う!神はこの嵩高で、この神聖にして力強い、そして超絶した地位の高みよりあらゆる事を見、あらゆる事を聞き、今この時、宣言し給いつ、ある―おおジャバッドよ、汝に祝福あれ、汝は前時代の者が誰も達した事のなかったものに達したからである。永遠の真理なる彼にかけて誓う!汝により高遠なる楽園の住民の眼は喜ばされた。しかし乍(なが)ら、人々は全く無思慮である。汝の地位を明かせば人々の心はひどく動揺し、足はすべり、虚栄心を権現する者等は唖然(あぜん)となり、地面に倒れ、聞く事を怖れて無思慮の指を耳に押しつけるであろう。
こ の世の事物に気をとられ、最も偉大なる者である神を想起することを忘れた者等について嘆くな。永遠の真理なる彼にかけて誓う!全能者の激怒が彼等を捕える 日が近付きつつある。神はまことに全能者、あらゆるものを征服する者、最も力強き者であり給う。神は彼らの堕落の汚れから地上を清め、神に近いその下僕(しもべ)等にその地上を遺産として与え給うであろう。
言 挙げよ、おお人々よ!聖なるヨセフを最もつまらない交換物と取り変えたことにより、ちりが汝等の口を満たし、灰が汝等の眼を盲目にせんことを。おお、遠く に迷った汝等よ!汝等の上に宿るのは何というみじめさよ。汝らは神と彼の大業にすぐる力を自分が所有するとでも心の中で想像したのか?途方もないことよ。 この事については最も力強き者、最も高遠なる者、最も偉大なる者なる神御自身が証言し給う。
やがて神の懲罰の疾風が汝等を襲い、地獄のちりが汝等を完全に蔽(おお)うであろう。地上の虚栄と虚飾(きょしょく)を蓄積し、侮蔑(ぶべつ)をもって神に背を向けた者等は、この世も来世も逸した者等である。間もなく神は威力の御手で彼等の所有物をはぎ取り、神の恩寵(おんちょう)の衣を剥奪(はくだつ)し給うであろう。この事を彼等白身がやがて目撃し、汝等も証言するであろう。
言挙げよ。おお人々よ、この世とその虚偽によって欺かれるな。何故ならこの世とその中のあらゆるものは神の意志にしっかつと把握されているからである。神は彼の望む者に恩恵を与え、彼の望む者からそれを剥奪(はくだつ)し給う。神は望む事は何であれ偽し給う。もしこの世が神の眼から見て価値あるものであれば、神は決して御自分の敵に一粒のからしの種程もそれを所有させ給わなかったであろう。しかし乍(なが)ら、 神は汝等の手が彼の大業にもたらした仕業の代償として、この世の事柄に汝等を巻き込み給うたのである。実にこれは、汝等が白らの意志により、自らにこうむ らせた懲罰である。もし汝がその事を感知し得れば。神の判断によればいやしむべき、そして価値のない事物、すなわち神が疑惑者の心を試された事物を汝等は 楽しんでいるのか?
(104) CIVまことに不慮の災難が汝を追い、悲しき報いが汝を待伏せしていることを知れ。汝の行なえる行動が、わが眼より消されていると思うな。わが美にかけて誓う!汝等のなせること総てをわがペンはかんらん石の書に、明らかなる文字もて刻みしことを。104
(106) CVIす べてに精通し給う医師の指は人類の脈をとらえている。彼は病を診断し、過ちのない英知により治療薬を処方し給う。各時代には、それぞれ特有の問題があり、 各人には、それぞれ特別の願いがある。現在の苦悩に際して世界が必要としている治療薬は、次の時代に求められるものと決して同一ではあり得ない。汝等の生 きる時代の要求を憂慮し、そこに関心を寄せよ。そして、その時代に必要とされるもの、また、急務とされることに汝等の審議を集中させよ。全人類がどれほど 深刻な、そして、計りがたい苦悩に悩まされているか、我には手に取るように見える。病床に沈み、痛みに苦しめられ、幻滅しはてた人類の姿が我が眼前にあ る。慢心に酔いしれた者等が、人類と、過ちのない神聖なる医師との間に立ちはだかっている。そして見よ、彼等の工作は、自分達をも含む全人類を抜き差しな らぬ罠(わな)に陥れている。彼等は病の原因を発見することもできず、治療薬についての知識も何ら持ち合わせていない。彼等はまっすぐなものを曲がってい ると思い、友を敵と取り違えている。この囚人の優美なるメロディーに耳を傾けよ。深い眠りにある人々が目を覚すよう、立ち上がり声高らかに告げよ。言挙げ よ。おお、まるで死人のような者等よ。神の恵みの御手は汝等に生命の水を差し出している。急ぎ行き、心ゆくまで飲め。この日生まれ変わった者は、もはや決 して滅びることはない。また、この日、死んだままの状態にある者は、決して生きることはない。(106)
(107) CVII汝 等の主、慈悲深き御方なる神は全人類を一つの魂、一つの身体として見る望みを心の中に抱き給う。創造された他のあらゆる日の光輝を卓越するこの日に於い て、神の完全なる恩恵と慈悲の分け前を勝ち取るように急げ。神のものを得る望みを持って、自らの持つすべてを捨てる者を待っている至福は何と多大なもので あろうか!そう云う者は神より祝福された者等のうちに数えられるということを我は証言する。107
(109) CIXおお、カマールよ、死ぬ運命にある人間が今日において神の最大の恩寵(おんちょう)をもって到達できる極みは、人類の目に末だ明らかにされていない。存在の世界は、過去においてもまた現在においても、そのような啓示を受ける能力を所有しなかった。しかし神の命令により、これ程大きな恩寵(おんちょう)の 可能性が人間に現わされる日が近付いている。諸国の軍勢が彼に向って配列されても、世界中の王達が彼の大業をくつがえすために同盟を結んでも、彼の力の威 力は動揺しないで存続するであろう。まことに彼は真理を語り、比類なく、全知の御方である神の道へと全人類を召喚する。
全 ての人は、常に進歩する文明を前進させるために創造された。全能なる御方がわが証人である。野獣のように行動することは人間に相応しくない。人間の尊厳に 適する美徳は、地上の全ての民族、種族に対する寛容、慈悲、憐れみ、慈愛である。言挙げよ、おお友らよ、諸々の名の圭である神のこうごうしい恩寵(おんちょう)によって流れるこの澄みわたった流れから充分に飲め。わが名において、他の人々にもその水を飲まさしめよ。そうすれば、全ての国の人類の指導者たちが、永遠の真理の啓示の目的と、自分が創造された理由とを完全に認めるようになるであろう。109
(110) CXお お、人の子らよ。神の教えとその宗教の根本の目的は、人類の利益を守り、その統合を促進し、人文の間に愛と友情の精神を養うことにある。それを、仲たがい と不和、憎しみと敵意の源にさせるな。これは真の道で、確固たる不動の基礎である。この基礎の上に建てられるものは何であれ、世の中の変転や不意の出来ご となどによってその力を損なわれることはけっしてない。また、何世紀も何世紀もの間の変転もその構造をくつがえすことはないであろう。我の希望は、世界の 各宗教の指導者達や支配者達が、現代の改革とその繁栄の復興のために、一致して立ち上がることである。世界の窮乏(きゅうぼう)をとくと考えておたがいに話し合い、これを案じて充分な討議を行ない、病んで、ひどく傷めつけられている世界が必要とする治療薬を施すがよい。すべてのことに対して中庸(ちゅうよう)を持って対処することは、権戚を持っている者達の義務である。中庸(ちゅうよう)と いう限度を越すものは何であれ、有効な効果がなくなるであろう。たとえば、自由、文明というようなものを考えてみよ。分別ある者がそれらをどんなにすばら しいものとして考えようとも、度を過ぎれば、かえって人々に有害な影響を及ばすであろう。願わくば、支配者や賢い学問のある人々の尽力の結果として、世の 人々が自らの最高の利益を認識できるよう導かれんことを。いつまで人類は片意地を張るのであろうか。いつまで不正が続くのであろうか。いつまで混乱と動揺 が人々の間にのさばるのであろうか。いつまで不和か社会を験がせるのであろうか、失望の風があらゆる方角から吹いて来て、人類を対立させ、苦しめる闘争が 日々増加している。現在、一般に行きわたっている秩序は痛ましいほど不備であるため、動揺と混乱が差し迫っておりその徴候が今やはっきり見受けられる。神 が、地上の人々を慈悲深くめざめさせ彼らの行いの結果が有益であり、彼らの地位にふさわしい行いが果せるよう彼らを肋け給うよう、我は神に愁頗する。神の 栄光がほめ称えられんことを。110
(111) CXIお お、地上で争っている民族や種族の人々よ。汝等の敵を和合の方に向け、その光の輝きを、自分達の上に照りはえさせよ。ともに集い、たとえ自分達の間の論争 の源は何であろうと、神のためにそれを根絶するよう決心せよ。さすれば、世界の偉大な輝かしいものの光輝が全地球を包み、そこに住む者は、全て一つの町の 住民となり、ただ一つの王座の居住者となるであろう。このしいたげられし者は、その生涯の初めからこのこと以外の望みは何も抱かなかった。そして、これ以 外の望みは今後もずっと抱かないであろう。人種や宗教が何であろうとも、世界の人々は、一つの天の源から霊感を受けた一つの神の民である、ということに何 らの疑いもない。彼らの守っている掟の間の相違は、それが啓示された時代の種々の要求や緊急度によって起こるのである。人間の我欲の結果から起こるいくつ かの例外を除けば、それらは全て神の定め給うたものであり、神の意志と目的の反映である。奮起して、信仰の力で身をかため、汝等の空想の神々、汝等の間に 不和をまき散らすものを粉砕せよ。そして汝等を結合させ和合させるものにすがれ。このことは、まことに、母なる書が、汝等に天から啓示された最も崇高な言葉である。栄光ある神の住居から来る荘厳(そうげん)な舌がこれを証言している。111
(112) CXII幾年も長い間、地上を苦しめて来た動揺と人民を捕えて来た攪乱(かくらん)を見よ。地上は戦争で荒らされたり、突然起った不慮の災難によって苦しめられて来た。世は不幸と窮迫(きゅうはく)に 取巻かれたにも拘わらず、誰もその原因、源が何であるかを熟考するために止まる者はいなかった。真の勧告者が忠告の言葉を口にした時は何時でも、見よ、彼 等はすべて彼を害毒の扇動者として非難し、彼の主張を拒否したのである。彼らのその様な態度は何と途方もなく、訳のわからないことよ。外面的にも内面的に も一致している二人の人間を見出す事は出来ない。すべては一致と調和のために創造されたにも拘わらず、不和と悪意の証拠はあらゆる所に明らかである。偉大 なる存在者は云い給う―おお最愛の者等よ!和合の幕屋は建てられた。お互いに他人視してはならない。汝等は一本の木の果実であり、一本の枝の葉である。正 義の光がこの世を照らし、この世を圧制より聖別することを我は念願す。神――彼の栄光は高遠である――の威力の象徴である地上の支配者等と国王等が起き上 り、全人類の最大の利益を促進することに献身する決心をすれば、正義の君臨(くんりん)が 人の子等の間で確実に確立され、その光のさんぜんたる輝きが全地球を取巻くであろう。偉大なる存在者は云い給う一世界の安定と秩序の組織は、報酬と罰の双 柱の上に建てられて来たし、将来も又それ等により支えられ続けるであろう…。他の節で彼は書き給うた。おお世界の支配者等の集りよ!留意せよ。正義と叡知(えいち)の持つ克服力に匹敵する力は地上に存しない…。前方に叡知(えいち)の旗をひるがえし、後方に正義の軍勢を集めて行進する王は幸いである。その王はまことに平和の額と、安全の顔を装飾する飾りである。圧制の雲により曇らされた正義の昼の星がその光を人々に注げば、地球の表面は完全に変えられるであろうと云う事に疑いの余地はない。
(122) CXXII人 間は最も不思議な力を有する存在である。しかしながら、適切な教育の欠如のために、人間は自己に内在するものを逃してしまっている。神の御口をもれる一言 により人間は生み出された。次に発せられた二言で、人間は自らの教育の源泉を認識できるよう導かれた。さらに発せられた二言によって、人間の地位と運命は 保障された。偉大なる存在者は告げ給う。人間を、計り知れないほど高価な宝石に富む鉱山と見なせ。教育のみがその宝を放出させ、人類にその利益を享受させ ることができる。神の聖なる意志の天より下された諸々の聖典が明かすことについて冥想するならば、その目指す目標は以下の通りであることを容易に認めるこ とができよう。つまりその目標とは、「王国は神に属せり」の言葉の印がすべての心に刻まれ、聖なる恵沢と、恩寵と、慈悲の光が全人類を取り巻くよう、全人 類があたかも一つの魂のように見なされることである。神の栄光は高遠なり。唯一真実の神が御自身のために欲するものはなにもない。人間が神に誓う忠誠は、 神にとって何の利益にもならない。同時に、人間の背信は、神に何ら危害をおよぼすものではない。例言葉の領土の飛鳥(ひちょう)は、絶え間なく次のように 呼びかけている。「我は万物を汝のために望んだ。そして、汝自身をも、汝のために望んだ。」この時代の学識者や世俗にたけた者等が、人々に融和と愛の芳香 を吸収することを許すならばどうなるであろうか。理解力を有するあらゆる心は真の自由の意味を悟り、乱されることのない平和と、完全な平静の秘密を発見す るであろう。地球上がこの地位に達し、その光に照らされる時、まことに次の言葉がこの大地に当てはまるであろう。「汝はそこに、くぼ地も、高まる丘も見る ことはない。」(122)
(125) CXXVし かし、おお我が兄弟よ、真に道を求めようとするものが、日(注一)の老いたる者の知識に通じる道に足を踏み入れようと決心するなら、先ず最初に、神の内奥 の神秘の啓示の場である自身の心を清浄にし、後天的に得たすべての知識という、光をさえぎる塵(ちり)や、悪魔のような幻想の化身どもの暗示を払い除けな ければならない。真に道を求めんとするものは、敬愛する御方の永続的な愛の聖所である自分の胸中を、あらゆる不浄なものから聖別し、自らの魂を、水と粘土 に属するあらゆるものや、すべての影のようなはかない愛着から清めなければならない。愛が人をして盲目的に過ちに傾かせ、あるいは憎みが、その者を真理か ら追払わないように、愛憎いずれの残津も残らないように、求道者は己れの心を大いに浄めなければならない。まさしく汝は今日、いかに多くの人達が、このよ うな愛や憎しみのために不滅の御顔を見失い、神の神秘の権化達から遠く離れてさまよい歩き、導きもなく、忘却と錯誤の荒野をあてどなくさまよい歩いている かを、まざまざと眼のあたりに見ている。求道者たるものは、常に神を信頼し、俗界の人々と断交し、塵の世から自身を引き離し、主中の主に在す御方におすが りしなければならない。道を求めるものは、決して自己を他の人より高位に置こうとしてはならず、自分の心の紙片から、傲慢や虚栄のすべての痕跡を洗い流 し、忍耐と甘受を固守し、沈黙を守り、無益な無駄話を慎まなければならない。何となれば、舌は、くすぶっている火で、過度の饒舌(ぎようぜつ)は致命的な 毒となるのである。物質的な火は、肉体を焼き尽くすが、舌の火は心も魂も共に焼き滅してしまう。前者は、ほんの一時しか燃えていないが、後者の影響は、一 世紀も持続する。求道者たるものは、また、陰口を重大な罪と心得なければならない、陰口は、心の灯を消し、魂の生命を亡すものであるから、その支配より自 らを遠ざけなければならない。求道者は、わずかのもので満足し、あらゆる法外な欲望を棄てなければならない。世俗を棄てた人達との交りを大切にし、高慢な 俗人達から遠ざかることを、得がたい恩恵と考えなければならない。道を志すものは、毎日夜明けに神と親しく語り合い、全魂を傾けて、敬愛する御方を、不屈 に求め続けて行かなければならない。求道者は、神の御名を切に唱えるその炎により、あらゆる気まぐれな考えを焼却し、稲妻の如き速さで神以外のすべてのも のを通り過ぎなければならない。探求者たるものは、追い立てられているもの連を救い、貧しい人々への親切を差控えるようなことがあってはならない。道を求 めるものは、動物に親切にしてやらねばならない。ならば、言譜を与えられている人類には尚一層親切でなければならない。求道者は、敬愛する御のために自ら の生命を捧げることを騰曙(ちゅうちょ方)してはならない。また人々の非難に左右され、真理から顔をそむけるようなことがあってはならない。求道者は、自 分の欲せざることを他人に望んではならず、また、自分が守れないことを約束してはならない。悪事を行うもの達と交ることを心して避け、その人達の罪が許さ れるよう祈らなければならない。道を求めるものは、罪深い人達を許し、彼等の地位の低さを決して軽蔑してはならない。何故ならば、誰も、自分の最期を知る 者はいないからである。罪深いものが、臨終の際に、信仰の本質に到達し、不滅の盃を飲み干し、天上の群衆の方へと舞い上がっていったという例が、何としば しばあったことか。また、実に信心深かった人が、霊魂の昇天に際し、あまりもの変わりように、地獄の火の中に落ち込んでしまうということも何と度々あった ことか。我が今ここで、これらの得心のいく重要な話をした目的は、神以外のものはすべて、束の問のはかないものであり、全幅の崇敬の的である神以外のもの は皆、全くの無であることを、求道者に痛感させたいがためである。これらのことは、崇高な人々の属性の一部であり、霊的な心の持ち主であることを証するも のである。これらの属性については、既に、確実な知識の道を歩む旅人として必要条件に関する記事の中で述べてある。超越した旅人や、誠実な求道者が、これ らの必須の条件を満した時、初めて、真の求道者と呼ばれることができるのである。人が、「我等のため奮斗する人々」という聖句中に含まれる条件を満たした 時はいつでも、「我等自らその手を引いて、正しい遠を歩ませようぞ」という言葉によって与えられる祝福が受けられるであろう。求道心、真剣な努力、燃えさ かる願望、情熱的な献身、熱烈な愛、歓喜と忘我、の灯が求道者の心の中に点され、また神の慈愛の微風が、その者の魂の上に漂う時、初めて、過誤の暗黒は追 い払われ、疑いや不安の霧は晴らされ、知識と確信の光はその者を蔽い包むようになるであろう。その時にこそ、神秘の先駆者が、聖霊の喜ばしい昔信を持っ て、神の町から朝の光のように輝き出し、知識のラッパの吹奏により、心や魂や精神を怠慢の眠りから覚醒(かくせい)させるであろう。ここに至り、神聖な不 滅の聖霊の豊かな恩寵の発露によりその求道者はかくも新しい生命を与えられ、彼は、新しい眼、新しい耳、新しい心、新しい意志が授けられることを発見する であろう。その者は、この宇宙の明らかな御しるしを熟視し、魂の、隠されたる神秘を見通すであろう。神の眼で凝視すれば、彼は、絶対的確信の地位への門 が、すべての原子の中にあることを感知するであろう。その者は、万物の中に、神の啓示の神秘と永遠なる顕示の証拠を発見するであろう。神かけて誓う。教導 の道を歩み、正義の極点に登りつめようと努力する者がこの栄光ある最高の地位に到達したならば、その者は、三千里も離れた所からでも、神の芳香を嗅きつ け、万物の曙に登る神の御導きの燦然(さんぜん)たる旭を認めるであろう。およそあらゆるものは、例えそれがいかに小さなものであろうとも、道を求めるも のにとっては、それぞれ、探求の目的である敬愛する御方の方へ導く教示となるであろう。この探求者の洞察力は非常に鋭くなるため、あたかも太陽と影とを区 別する如くにはっきりと、真理と虚偽を見分けるであろう。母方遥か彼方の個々で、神の香わしい芳香が漂うならば、たとえ身は西方の遥か果てに住んでいよう とも、必ずやその芳香を感知し嗅ぐことであろう。同様に、探求者は、神のあらゆる御しるし即ち、神の不可思議な例言葉、偉大なる業、力強い偉業と、人間の 行動や言葉や手段とを明白に見分けるであろう。それは丁度、宝石と石ころの違いを知っている宝石商のように、あるいはまた、春と秋、寒冷と温熱とを見分け る人のように。人間の魂の水路が、流れを妨げるあらゆる世俗的執着から浄められた時、果てしない遠方からでも、必ずや敬愛する御方の息吹を感知することが でき、またその芳香に導かれ、確信の町に到達し、その中に入るであろう。その町の中で、探求者は、神の古来の英知の不可思議を理解し、その町に繁茂する木 のさわさわ揺らぐ葉から、隠された教えのすべてを感知するであろう。その求道者は、内なる耳と外なる耳とをもって、栄光と賛美の聖歌が、その土塊から、生 中の主の方へと鳴り響いて行くのを聞くであろう。また彼は、自分の内奥の眼で「再来と復活」の神秘を発見するであろう。御名と属性の王にまします神が、あ の町のために定め給うた御光、証、啓示、光輝は、何とも言い現しようのないほど素晴しいものである。この町に到達すると、水がなくとも喉の乾きは消え去 り、火がなくとも神の愛が燃えあがる。草の葉一枚一枚の中に、測り知れない知恵の神秘が秘められ、あらゆるバラの茂みで、数知れぬ夜啼鳥(よなきどり) が、無上の歓喜に心ひかれて、美しやぶい調べを奏でている。そこに咲き乱れる色麗しいチューリップの花は、燃えさかる藪の神秘を現わし、その香わしい聖ら かな香りは、救世主の御霊の芳香を漂わせている。それは黄金なくして富を与え、死のない不朽性を授ける。その一枚一枚の葉の中に、言い現わせない程の歓喜 が貯えられており、その一つ一つの部屋の中に、数知れぬ伸一秘が秘蔵されている。神の御意を探し求めて雄々しく精進する人達が、一度、神以外のものをすべ て捨て去った時、あの町に強く心をひかれ愛着を感じ、一瞬の離別すら考えられないものと一なるであろう。彼等は、その集合に咲くヒヤシンスの花から語られ る過ちのない証拠一に耳を傾け、またそこにバラの美や、そこで囀る(さえず)夜啼鳥(よなきどり)の調べから、最も確かな証言一を得るであろう。およそ一 千年に一度、この町は更新され、改装されるのである。その町は、あらゆる時代に、またあらゆる宗教制において、啓示された神の言葉に他ならない。それは、 モーゼの時代にあってはモーゼの五書(注、二)であり、イエスの時代にあっては福音書であり、神の使者マホメッドの時代にあってはコーランであり、今日、 ではバヤン(注、三)であり、また、神(注、四)が現わし給うであろう者の宗教制においては、その彼の聖典がそれに当たる。そしてその聖典は、それまでの 宗教制のすべての聖典中で特に一卓越し最高のものであり、これ以前にあった諸々の聖典はすべて、この書に照会されなければならない。 (125)
(注)一、神の意味。四、バブに続く神の顕示者、すなわちバハオラを指す。この文書はバハオラの宣言の以前に書かれたものである。
(129) CXXIXお お、神の道を旅する者よ。神の恩寵の大海原より汝の分け前にあずかり、その深底に秘められたものを逸するな。その財宝を享受する人々の一員となれ。この大 洋の雫の一滴は、それが天と地にある万人に注がれるなら、それだけで彼等を神の恵沢に富ますに十分なのである。神は全能者に在し、すべてを知り、すべてに 賢き御方に在す。無欲なる手もてこの大海原より生命を与える水を汲み上げ、全創造物に散水せよ。そうすることにより万物は、人間が造り上げたあらゆる限界 より清められ、この栄光に輝く神聖なる場所に近付くことができよう。この場所こそは神の強大なる座である。汝、たった一人でこの事業に従事していても、そ れを決して嘆いてはならない。神をして、汝を完全に満ち足らすものとなせ。神の聖霊と親密に語らい、感謝する者であれ。天と地にあるすべてのものに、汝の 主の大業を宣言せよ。汝の呼びかけに応える者があれば、神の精神が汝に与えた主なる神の英知の真珠を技露せよ。そして、まことに信ずる者であれ。逆に、汝 の提供するものを拒む者があれば、退却し、汝の信頼と確信とを主なる汝の神、諸々の世の主に置け。神の正義にかけて誓う。この日、唇を開き主の名を述べる 者の上には、全知者にして全賢者なる我が御名の天上より聖なる霊感の軍勢が下り来るであろう。天上の集合もまた、各々純粋な光の聖杯を高々とかかげて、彼 のもとを訪れるであろう。このことは栄光に満ち、最も力強い御方の命により、神の啓示の領土において前もって定められたことである。神への奉仕のために準 備された選ばれし人々の一団が、聖なるヴェールの内に隠されている。彼等はいずれ人類の前にその姿を現わし、神の大業を助けるであろう。彼等は何者をも恐 れず、全人類が奮起して彼等に闘いを挑んだとしても決してひるむことはない。彼等は、天と地にあるすべての住民のみつめる前で立ち上がり、声高らかに全能 なる御方の御名を歓呼し、人の子を、栄光に満ちすべてに賛美され給う神の道に召喚するであろう。汝も彼等の進む道を歩め。そして、何者にも狼狽(ろうば い)させられてはならない。創造主の道において、世の中の動乱が汝をどれほど動揺させても決して悲嘆に暮れることなく、非難者の非難によっても決してその 目的を挫(くじ)かれることのない者であれ。神の書簡と、神の諸々のしるしとを携え、我を信ずる者等との再会へ向かえ、そして、最も聖なる我が楽園よりの 音信を彼等に伝えよ。更に、神には共同者枢在るとする者等に警告せよ。言挙げよ。おお、人命よ。我は神よりの知らせを携えて、栄光の王座より汝等のもとへ と来た。神は最も強大にして、最も高遠なる御方、最も偉大なる御方に在す。汝等の主であり、汝等の古えの祖先の主なる神の証言を、我はこの手に携えて来 た。汝等の有する正しき秤を用いてこの証言を推量せよ。その秤とは、過去の予言者や神の使者達の証言に外ならない。そして、この証言が真理に基づくことを 発見し、それが神からのものであると信ずるならば、それに対しとがめ立てすることを控えよ。さもなければ、汝等の業績は無に帰され、汝等は不信仰者達のう ちに数えられよう。まことに、この証言は真理の威力を通じて下された神のしるしである。まことに、この証言により、神の大業の真実性は神の創造物に示さ れ、純粋無垢の旗印は天と地の間に掲げられたのである。言挙げよ。これこそは、神の取り消し難い定めを納めた神秘なる封印の巻き物である。神聖なる指が書 き留めた言葉を記したこの巻き物は、不可知なる神秘のヴェールの内に包まれて来た。しかし、今やそれは全能者なる日(注、一)の老いたる者の恩寵の証しと して下されたのである。我はこの巻き物に、天と地にあるすべての住民の運命を定め記し、万事に係わる知識を始めから終わりまで書き記した。過去に創造され たものであれ、未来に創造されるものであれ、何者も神を逃れ、神の目的を挫(くじ)くことはできない。おお、汝等このことを理解し得たならば。言挙げよ。 神より遣わされた啓示はまさしく繰り返されたのである。そして、差し伸べられた我が威力の御手は、天と地にあるすべてのものを覆い包んでいる。我は真理 の、まさしく真理の力により、我が不可知なる神秘の光明をわずかに現わし、その深紅の光は我が啓示のシナイ山を包んだ。すると、見よ、シナイの壮麗なる光 輝を認め知る人々はこの深紅の光を一瞥するやいなや、息絶えた。慈悲に満ち給う神の美に在す者は、このようにして彼の証言の雲により降下したのである。そ して、栄光に満ち、すべてに賢き神の意志により定めは成就された。言挙げよ。おお、至上の楽園に住まう天界の乙女よ。汝の聖なる室より出よ。不滅の生命の 優雅なる衣を汝が望むままにまとい、栄光に満ち給う御方の御名において、刺繍(ししゅう)を施した光の美衣(びい)を身に着けよ。そして、最も高遠にし て、近付き難い汝の主の王座より聞こえて来る声の甘く、不思議な調べに耳傾けよ。汝の顔を遮るヴェールを取り、黒い陳の乙女の美を現わし、汝の輝く顔の光 を神の僕等から取り上げるな。たとえ地上の人々の嘆息や、天上の住民の悲嘆の声を耳にしても、それを嘆いてはならない。彼等を消滅の塵(ちり)の中に滅び るままに放置せよ。憎悪の炎が彼等の胸の内に燃え盛っている故、彼等を無に帰せよ。天と地にある人々の面前で、最も美しい調べにのせて賛美の聖歌を唱え、 神の諸々の御名と属性の王に在す御方を記憶せよ。我は汝の運命をこのように定めた。我はまさしく我が目的を達し得る。おお、純粋無垢の真髄なる者よ。燦然 (さんぜん)と輝く汝の栄光の衣を脱ぎ捨てることのないよう注意せよ。否、むしろ、創造の王国においても、汝の神の不朽の衣もて自らをますます豊かに飾 れ。このことにより、全能者の美しき姿は汝を通じてあらゆる創造物に反映され、汝の主の恩寵は満開の威力をもって森羅万象(しんらばんしょう)に浸透され よう。汝の主の愛の香りを漂わす者があれば、自らをその者に捧げよ。何となれば、我は汝をこの目的のために創ったのである。そして我は、我が寵愛する人々 の集う前で、まさしくこの目的のために汝との間に古えより続く聖約を交わしたのである。心の盲目なる者等が愚かなる妄想の槍(やり)を汝めがけて放ったと しても、汝は決して忍耐を欠いてはならない。邪悪なる者等の衝動に従う彼等を放置せよ。天と地にあるすべての住民がみつめる前で、次のように声を張り上げ よ。我は天界の乙女であり、バハの精神から生まれた子である。我が住居は、栄光に満ち給う御方の御名の邸宅にある。天上の集合を前にして、我は、彼の御名 の装飾をもって飾られた。我は犯し難い保護のヴェールの内に包まれ、人間の目より隠されて来た。その時、慈悲なる神の右手より、神聖にして比類なき甘美な る声が聞えてくるように思えた。すると、見よ。その声の調べを聞き、それを語る者の美を眺めることを熱望するあまり、我の見る前で楽園全体が震撞(しんか ん)され、興奮のるつぼと化した。このようにして我は最も甘美なる言葉を用いて、久遠の舌がガユモル・アズマ(注、二)の中で語った聖句を、この輝かしい 書簡に記したのである。言挙げよ。神は御主権により望むままに命じ給う。また、御自身の命令により欲するままに成し給う。望むままに命じ給うたことにおい て、神は何者にも問われることはない。まことに神は、何者にも束縛されず、すべてに力強く、すべてに賢き御方に在す。・神を信ずることを拒み、神の主権に 反抗する者は、自らの堕落した心と欲望の救い難い犠牲者に外ならない。彼等は地獄の炎の中にある自らの住居に戻るであろう。拒否者の住居は哀れなり。(129)
(注)一、神の意味。繁 栄の中にあっては寛大であれ。逆境に際しては感謝する者であれ。隣人が汝に信頼を置くにふさわしい者であれ。明るく、親しみのある顔をもって隣人を見よ。 貧しき者には宝庫であれ。富める者には警告者であれ。困窮者の叫びに答える者であれ。汝の誓約の神聖を守る者であれ。判断に公正であれ。発言に慎重であ れ。何者にも不公平であってはならない。如何なる者にも全く謙虚であれ。暗闇の中を歩む者には明かりであれ。悲しみに打ちひしがれた者には喜びとなれ。渇 きにあえぐ者には大洋であれ。苦悩に溺れる者には避難所であれ。圧制の犠牲者には、その支持者となり、その擁護者であれ。汝のすべての行動を、誠実さと高 潔さとをもって際立たせよ。異邦人には住家であれ。苦しみにある者の慰めであれ。亡命者には力みなぎる砦であれ。盲目なる者には眼となり、過てる者にはそ の歩みを導く光であれ。真理の面を飾る装飾であれ。忠誠の額に置かれた冠であれ。正義の殿堂の支柱であれ。人類の身体には生命の息吹であれ。正義の軍勢の 旗印であれ。美徳の地平線上に輝く光体であれ。人の心の土壌を潤す露であれ。知識の大洋に浮ぶ箱船であれ。恩恵の天上に光る太陽であれ。英知の王冠の宝石 であれ。汝の世代の天界にきらめく光であれ。そして、謙遜の樹に実る果実であれ。(130)
(132) CXXII神 の栄光は高遠なり。唯一真実の神が御自身を人間に現わし給う目的はここにある。つまり、人間の最も奥にある真の自已の鉱山に潜む宝石をあらわにするためで ある。地上の多様な宗教団体や信仰の様々な体系が人々の問に敵意の感情を決して起こしてならないと言うことは、今日、神の信仰と宗教の精髄である。これら の原則や法律、また、これらの確固として確立された強力な体系は、同一の根源から生じたもので、同一の光源の光線である。互いに異なっているということ は、これらが広められた時代の様之の要求によるものと見なされなければならない。おお、バハの人々よ。地上の人々を混乱に陥れた宗教的不和と争いの動乱が 静まり、その痕跡さえも完全に抹消されるよう努力せよ。神の愛と、神に奉仕する者等のために立ち上がり、この最も崇高にして重大なる啓示に加勢せよ。宗教 的狂信と憎悪は世界を焦土と化す炎であり、何者にもその猛威を冶めることはできない。神の威力の御手のみが人類をこの荒廃の苦悩から救出し得るのである。 神の例言葉はともし火であり、その放射する光は次の言葉である。汝等は皆一本の樹の果実であり、一つの枝の葉である。互いに最高の愛と調和、親愛と友情を もって振る舞え。真理の昼の星なる者こそ我が証人なり。和合の光は非常に強力であり、それは地球上をすべて照らし得るほどである。唯一真実の神、万事を知 り給う神御自身が、この言葉の真理を証言し給う。この超越した、最も崇高なる域に到達し得るよう努力せよ。この地位こそは、全人類の保護と安全とを保障で きるものである。この目標は他のいかなる目標にも優り、この望みはあらゆる望みの君主である。しかしながら、正義の昼の星を曇らす圧制の暗雲が散らされな い限り、この地位の栄光が人間の眼にあらわされることは困雌である。おお、バハの人々よ。親愛と友情の精神をもって万人と交われ。もし汝がある真理を把握 し、他人の知らない宝石を有するならば、最高の親切と善意の言葉とをもってそれを彼等と分かち合え。もしそれが受け入れられ、その目的を果たしたならば、 汝の目的も果たされたことになる。また、もしそれを拒む者があれば、その者を放置し、神が彼を導き給うよう嘆願せよ。彼を不親切にあしらうことのないよう 注意せよ。親切なる舌は人々の心を引きつける磁石である。それは魂の糧であり、言葉に意味と言う衣を授ける。それは、英知と理解力の光の泉である。(132)
(133) CXXXIII神 の律法は、神の最も荘厳なる啓示の天より下された。万人はこれらの律法を厳守しなければならない。人間の最高の殊勲、その真の進歩、その究極の勝利は常に これらの律法にかかっている。また、将来もそうあり続けるであろう。神の法を守る者は永遠の喜びを得よう。神の一体性の曙(あけぼの)を認め、神の唯一性 の顕示者の真理を認めた者にかかる義務は二つある。最初の義務は、彼の愛に確固不動たることである。その不抜さは、敵の引き起こす動乱にも、愚かな詐称者 の主張にも怖じず、永遠の真理に在す彼にすがる手を決して放すことのない程のものでなければならない。それはまた、彼等のことを全く意に留めない程の不抜 さでなければならない。第二の義務は、神の定め給う法を厳格に守ることである。神は人間に対し常に法を定め、未来を通じても定め続けるであろう。これらの 法を介し、偽りは真理より区別され、分離されよう。(133)
(134)永 遠の真理に在す御方を認め知ることの次に、人間に課せられた最初、且つ、最大の義務はこれである。つまり、彼の大業において確固不動たることである。汝、 これにすがり、神に心をしっかりと据え、神に基礎を置く者であれ。いかに賞賛される行ないも、この行為に比較されるものではない。また、未来永劫を通じて これに優る行為はない。それはあらゆる行為の中の王である。この真理を、最上の御方に在し、御力に満ち給う汝の主が証言し給う。神に係わる美徳や属性はす べて明白明瞭であり、それらはあらゆる天来の書に記され、説明されている。次のものもそこに含まれる。つまり、信頼に値すること、正直であること、神と語 らう時は心が純粋であること、寛容であること、全能者の命じ給うことすべてに忍従すること、神の御心によって与えられたものに満足であること、忍耐強くあ ること、否、むしろ、苦難の中にあって感謝の心を持つこと、そして、いかなる境遇にあっても神に全幅の信頼を置くことである。神の評価し給うところによれ ば、これらはあらゆる行為の中で最も高貴にして、最も賞賛されるものに数えられる。他のすべての行ないはこれらの行為に対し副次的なものであり、従属する ものである。このことは時を超えて不変である。神を認め知ることこそ秘人の心に生気を与える息吹である。人の心を飾る真の装飾は、「神は御心のままに成し 給い、欲するままに命じ給う」という真理を認識することにある。人の心を装う衣服は神に対する畏敬の念であり、その完成の極みは神の信教の中にあって確固 不動たることである。神を求める者に対し、神はこのように指導し給う。まことに神は、神に向かう者を愛し給う。寛恕者に在し、御恩寵に満ち給う神の外に神 は在さず、諸々の世の主なる神に賛美あれ。(134)
(144) CXLIV最も高遠なるペンは、あらゆる者にこの大業を教え拡める義務を命じ、課し給うた・・・疑いもなく神は、彼以外のあらゆるものから超絶した者には誰であれ霊感を与え、そしてその者の心より叡知(えいち)と言葉の純粋な水を噴き出させ、豊かに流れ出させ給うであろう。まことに汝の主なる慈悲深き御方は自らの意のままに為し、何であれその望みのままに命じ給う力強い御方である。
もし汝がこの世について考慮し、それに属するものは何とはかないものであるかを理解したならば、汝は汝の主の大業への奉仕の道以外の道を歩む事を選ばないであろう。あらゆる人々が汝に反対して起ち上ったとしても、誰一人として汝が神の賛美を称揚(しょうよう)する事を妨げる力は持たないであろう。
一 直線に進み、彼の奉仕の道に於て堪え忍べ。言挙げよ、おお人々よ!あらゆる聖典に於て汝に約束された日は、今到来した。神を怖れよ。そして汝の創造の目的 である御方を認めることから自らをさし控えるな。彼に急げ。そうすることは、この世とその中のあらゆるものに比較して、汝にとって有益なものである。もし 汝、その事を認め得るならば!144
(145) CXLVもし零落(れいらく)し た者や虐げられた人々に逢っても彼等を軽蔑し、背を向けてはならない。何故なら栄光の王は、常に彼等を見守り、汝の主、慈悲深き御方、全てに賢き御方の御 意に自らの望みと願いを融合させた者等の他は誰も測る事の出来ない程のやさしさで彼等を取巻き給うからである、おお地上の富める者等よ!ちりの中に横たわ る貧しき者の顔より逃げるな。いや、それ所かむしろその貧しき者を助け、神の測りがたい定めによる彼の苦悩を語らしめよ。神の正義にかけて誓う!汝が彼と 交わる間、天上の群集は汝を見ており、汝のためにとりなし、汝のもろもろの名を賞揚し、汝の行為を賛美するであろう。自らの学識を誇らない博学者は祝福さ れ、罪人を廟笑(ちょうしょう)せず彼等の悪事を隠す正義者は幸いであるし、そうするならば自らの短所が人々の眼より隠されたままであるだろう。145
(146) CXLVI汝 等の一人一人が全人類に対しあらゆる善きものの源泉となり、高潔さの見本となることが我が願いであり、我が望みである。隣人を差し置いて、自らを優先させ ることのないよう注意せよ。人々の間にあって、神の神殿に在す者に汝等の眼を据えよ。彼はこの世の救済の代償として、まさに自らの生命を捧げたのである。 まことに彼は恩寵深く、最も高遠に在し、恩恵に満ち給う。汝等の問にもし何らかの不和が生じたならば、汝等の眼前に立つ我を見よ。そして、我が名のため に、また、燦然(さんぜん)と輝く我が明白なる大業への汝等の愛の証しとして、互いの欠点に目をつぶれ。我が御心の楽園に汝等が常に融和と一致をもって交 わるのを見、汝等の行動より親愛と和合、慈愛と友情の芳香を感知することを我は愛す。すべてを知り、忠実なる者は汝等にこのように忠告する。我は常に汝等 と共にある。汝等の友好の芳香を匂ぐことにより我が心は必ず喜びに満たされよう。また、それ以外に我を満足させ得るものはなにもない。真の理解力を有する 者はすべてこのことを証言する。(146)
(147) CXLVII最 大の御名こそ我が証人なり。この偉大なる日において、この世のはかない事物に心を囚われる者があれば、これほど悲しむべきことはない。立ち上がり、神の大 業にしっかりとすがれ。最高のいたわりをもって互いに接するがよい。最愛なる者のために、不滅の火の炎で自我のヴェールを焼き捨てよ。そして、光り輝き、 喜びあふれる顔をもって隣人と交われ。汝等と共にある真理の御言葉なる者の言動を、汝等はあらゆる面で十分に観察している。神の愛し給う人冷の中の誰か が、この若者(注)のために心に悲しみをおぼえた時、その状態をたとえ一夜でも放置したままにすることがこの若者にとってどれほど苦痛であるかを、汝等は よく知っている。神の御言葉は世界の核心に点火したのである。もし汝等がその炎に灯されなければ、これほど残念なことはない。願わくは、汝等がこの祝福さ れた夜を一致和合の夜と見なし、汝等の魂を互いに結び合わせ、賞賛に値する立派な人格をもって自らを飾る装飾となすよう決意することを。堕落した人冷を、 迫り来る消滅のぬかるみから救出し、神の盲えの信教を奉じるよう彼等を助けることを汝等の最大の関心事とせよ。隣人に対する汝等の態度は、唯一真実の神の 御しるしを明白に現わすものでなければならない。何となれば、汝等はこの世にあって、彼の聖霊により新たな生命を得た最初の者等であり、最初に彼の前にひ ざまずき、彼を崇め、最初に彼の栄光の王座の周囲を巡った人々であるからである。御心に適うままに我に啓示させ給う神にかけて誓う。汝等が自らについて 知っている以上に、天上の王国の住民は汝等について知っている。この言葉を根のない空言として聞き流しては決してならない。すべてに慈悲深き汝等の主が見 給うものを汝等も感知する能力を持っていたならば、汝等の地位の卓越性を証明し、汝等の伍値の偉大さを証言し、汝等の位の崇高さを宣言するものを、汝等も 目撃したであろう。汝等に定め与えられたものに向かう中で、汝等が、未だ制するに至っていない情欲や欲望によって妨げられることのないよう神に嘆願する。(147)
(注)バハオラ御自身を指す。勝利が到来する時、あらゆる人々は信者であると告白し、神の信教の庇護(ひご)の下に急ぐであろう。世界を取り巻く試練の日々に於て大業に確固として耐えその真理より踏みはずす事を拒否した者等は幸いである。150
「バハ」は栄光という意味で「アブハ」は「バハ」の最上級。共にバハオラとその王国をさす称号。ハジ・セイエド・ジャバッド。初期の頃のバビ教徒の一人。バブ、バハオラは共に彼のことをたたえている。彼はバハオラにはバグダッドで会った。
ハジ・ミルザ・カマール。博学で有名なバビ教徒。バハオラの宣言の前にバグダッドでバハオラに会い、既にその地位を認識していた。カマールはすべての人々に新しい知らせを伝えたいと願った。そしてペルシャヘ送られた。
神の啓示の原本、つまり宗教の源。